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日本人の皆さん、こんなときどうしてますか?(日本人じゃなくてもOK!)

友人、知人、ランゲージエクスチェンジの相手など、議論や仕事ではなく、普通に話しているときに意見や考え方が割れたら、どうしてますか??


他の国の人は時として、自分の考えを曲げない場合があります。もちろんそうではない人もいるのでそこまで支障があるわけではないです。

 

私は、親しい人でなければ軽く譲ったり、聞き流したりします。すると若干もやもやするときがあります。いい悪いではなく、ただ考え方が違うだけなのですが、どんな対応をすればいいのか思案してしまいます。皆さんどうしてますか?どの国の言葉を学習していてもいいので、経験、感想など頂きたいです。もしこれを見てわかる日本語学習者の方がいたらアドバイスお願いします。


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Comments

そうですね、じつはあたしもそういう文化の衝突にぶつかることもありますが、はじめのときは、ショックしたり、迷ったりしてしまいましたが、外国語を勉強するのは、ただ言葉の勉強しなくて、その言葉を話してる国の人々の心や文化、生活習慣、とか勉強して理解しようのもとても大事なことだと思います、言葉を話す人間が居るこそ、言葉には命がもつようになるんじゃないでしょうか、もし世界のどこの人も同じ考えだと、人と付き合う必要もないし、話す必要も無くなるのでしょう、だって同じ考えだからって今はそう思ってるんです、どうして理解できないときも、譲れないときも正直に言えばあるんですけど、いつもそういう言葉がすごく好きです「海纳百川]。その言葉の意味は、海がひろいになれるのは広い心があるこそ、いろいろな湖などがはいれる、入れるほど、自分も段々広くなってくって、人間も同じじゃないかなっておもってるんです。

まあ、かといてもね、縁という物もあるのは信じてる、ときどき全然話すこと出来ない相手もいるのは事実ですが、そういう時仕方が無いと思っております。でも、先入観というのは異文化交流には悪いと思います、たとえば、なになにじんはこのようだ、とかね

他のくにやひとをりかいしようとしたり、りかいしてもらおうとすることには、そういう姿勢そのものが貴重だとおもいます。

洛羽商さん、コメントありがとうございます。

私も相手の国への先入観は持たないように気をつけています。世界中の国を理解することはできませんが、話す相手のことなら少しずつ知って理解していくことができるんですよね。

 

「海纳百川」は、いい言葉ですね。海が百の湖(川ですかね?)を受け入れるように、人に接しなさいということなのですね。

 

文化の衝突という風には考えてなかったので、そう思うと楽になりますね。自分の意見をうまく伝えられないからかと思っていました。聞き流してはいますが、こちらも思うことがあるのにな~困ることがあります。あきらめることも一つの方法ですね。

知らない人とのチャットだと、それまで普通に話していて急に意見が分かれるときがあります。チャットについていくのに精一杯で、akatuyさんのように常に気をつけられたら良いのですが・・・。コメントを読み、自分を守るということかなと感じました。ありがとうございます。


akatuyさんが、なんとなく鎧と剣を持って、完全武装でチャットしているような気がしました。ほめているのですが、嫌だったらすみません!

 

見知らぬ人ではなくても、仲良くなるとお互い違う考えだという前提を忘れてしまったりします。ちなみに、私も急に忙しくなってサヨウナラしたことあります。

 

それはより疲れそうですね。。。。

「一年に一人~」という考え方はかなり割り切った考え方ですね。考えたらどんなきっかけであれ、最初はお互い知らない人同士ですね。気の合う人=(イコールではないかもしれませんが)意見が割れても、コミュニケーションをとっていける人と知り合うということは、そういうものかなと思いました。あきらめ、完全武装、割り切り・・・・自分の未熟さを知りました(笑)

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