日本語へのお礼
日本語という言語は依然としてまだ理解できていない言語だ。
かといって、完全に理解できることは望んでいない。
というのはこの素晴らしく、盛大な(?)偉大な言語は私にとって、表現できないほど、大きな宝である。 (I guess what you wanted to say is 偉大な.)
いつになったら、お前は他のことを勉強するかと聞かれたところを、私は気付いた。
日本語がを愛しているということに。
ただの言語じゃないかと過半数多くの人 or みなさんは思っているかもしれない。
手段として、日本語は役に立つが、日本語そのものに誰が興味を持っているかと。
私も元々言語に興味がなかった。
ちょっとでも言語の勉強を考えるだに、音をあげ、言語の腕をあげようではないかのような偉い向学心の考えは直ちに捨てられた。 Sorry that I can't catch well.
でもある日、何かが変わった。
退屈で、何かをしょうと思っていた私は、簡単な日本語コースをし始めた始めた or 取り始めた 。
どこから手に入れた手をつけた or 始めたかは覚えていない。
とはいえ、そのコースは奇跡の始まりだった。
それから二週間後、小林拳のキャンプをしていたところへときに、私の友達はが日本語のとても楽しい教科書を貸してくれた。
読めば、読むほど、夢心地になった私だった。
他の言語ならいざ知らず、この面白い言語はずっと勉強できるんじゃないかと思った。
いつの間にか、光一の興味になった。 I can't understand this part, sorry.
斯くて、日本に行くことにした。
今は日本に住んでいないが、できるだけ早く、戻りたい。
文の流れ、言葉のぞれそれの味、文法のコツ、全ては一つの言語となり、耳にとって、最高の音楽である。
私の人生を変えてくださり、感謝の至りです。
日本語を好きになってくださってありがとう。
あなたの表現はとても上手で詩のように素敵なので、うまく訂正できたかどうか不安です。
Hope it helps you.