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異文化:外国に暮らすこと

みなさん、外国に住んでいることをどう思いますか?

あまり覚えていない子供のころに旅行したときを除いたら、初めて出身地のブラジルを出たのは18歳のときでした。その旅行は東京に住んでいたおじさんを1ヶ月くらい訪問することでした。あの時の自分の日本語力は、初級と中級の間のはずだったから人と話すことは大変難しかった上で、国の文化、そして社会の体制はブラジルと全く異なっていたのです。複雑な政治体制から、道の右側に運転された車というシンプルな違いまで、何もかもが僕を混乱させました。それに、どの国の若者も早口だから、友達を簡単にできるわけがなかったです。いずれにせよ、その旅行は大変面白かったし、すごく懐かしい思い出になりました。

今になってその困難の全てが勉強になったものとして思います。その国々の違いを認めると、日本より自分の国を深く理解できるからだと思っているのです。その旅行の後1年間半、僕はまた日本に行きました。そして、今はフランスに住んでいて、大学に通っています。

フランスは地理的にブラジルと日本の真ん中にあって、文化的にもその位置だと思います。ブラジルがもともとポルトガルに発見されて、その後、イタリア・フランス・ドイツといったさまざまのヨーロッパの国の影響を受けた結果として、ヨーロッパの文化の影響は大きいことは明確です。しかし、ブラジルの文化はヨーロッパの文化の部分集合として思えば間違いです。実は、僕が住んでいたサンパウロの日本人・日系人の数は日本以外最大です。そしてほかにアラブ人・中国人・ユダヤ人・韓国人なども多いので、サンパウロはもちろん、ブラジルも文化の混合と言ってもいいと思います。その側面について、フランスもやはりさまざまな文化が混じられている国ですが、北半球の発展された、歴史の長い国として日本と似ているところも多いと確かめました。そして、その新しい国に新しい文化を生かして、再び、前よりブラジルの文化を深くわかるようになったと思っているのです。毎日起きて各人と違う言語を使って暮らしています。それは自分の国の上で、自分をより深く理解できるようにさせる経験です。

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    異文化:外国に暮らすこと

    みなさん、外国に住んでいることをどう思いますか?

    あまり覚えていない子供のころに旅行したときを除いたら、初めて出身地のブラジルを出たのは18歳のときでした。その旅行は東京に住んでいたおじさんを1ヶ月くらい訪問することでした。あの時の自分の日本語力は、初級と中級の間のはずだったから人と話すことは大変難しかった上、国の文化、そして社会の体制ブラジルと全く異なっていたので(驚きました or 理解できませんでした or something like these)。複雑な政治体制から、道の右側に運転されたの右側通行というシンプルな違いまで、何もかもが僕を混乱させました。それに、どの国の若者も早口だから、友達簡単にできるわけがなかったです。いずれにせよ、その旅行は大変面白かったし、すごく懐かしい思い出になりました。

    今になってその困難の全てが勉強になったものとして思います。その国々の違いを認めると、日本より自分の国を深く理解できるからだと思っているのです。その旅行の後1年間半、僕はまた日本に行きました。そして、今はフランスに住んでいて、大学に通っています。

    フランスは地理的にブラジルと日本の真ん中にあって、文化的にもその位置にあると思います。ブラジルもともとポルトガルに発見されたし、その後、イタリア・フランス・ドイツといったさまざまのヨーロッパの国の影響を受けた結果として、ヨーロッパの文化の影響大きいことは明です。しかし、ブラジルの文化はヨーロッパの文化の部分集合として思ったら間違いです。実は、僕が住んでいたサンパウロの日本人・日系人の数は日本以外最大です。そしてほかにアラブ人・中国人・ユダヤ人・韓国人なども多いので、サンパウロはもちろん、ブラジルも文化の多彩な国と言ってもいいと思います。その側面について、フランスもやはりさまざまな文化が混じている国ですが、北半球の発展た、歴史の長い国として日本と似ているところも多いと感じました。そして、その新しい国で知った新しい文化を生かして、再び、前よりブラジルの文化を深くわかるようになったと思っているのです。毎日起きて各人と違う言語を使って暮らしています。それは自分の国の上で、自分をより深く理解できるようにさせる経験です。

     

    最後の2行がよくわかりませんでした。

    あと、「ポルトガルがブラジルを発見した」という表現はちょっと抵抗感があります。なぜなら、ブラジルはポルトガル人が来る前から存在していたからです。こういう表現は植民地主義的な響きがあって、好きではありません。

    異文化:外国に暮らすこと

    みなさん、外国に住んでいること(or 外国に住むこと)をどう思いますか?

    あまり覚えていない子供のころに旅行したときを除いたら、初めて出身地のブラジルを出たのは18歳のときでした。

    子供のころに旅行したことはあまり覚えていません。それを除けば or あまり記憶にない子供時代の旅行を除けば、

     

    その旅行は東京に住んでいたおじさんを1ヶ月くらい訪問することでした。

    東京に住んでいたおじさんを訪ねて(or 訪問して) 1ヶ月くらい東京に(or そこに) いました。

     

    あの時の自分の日本語力は、初級と中級の間のはずだったから人と話すことは大変難しかった上で、国の文化、そして社会の体制はブラジルと全く異なっていたのです。

    その時の僕の日本語力は初級と中級の間くらいだったので、人と話すことはとても難しかったです。その上、国の文化や社会の体制が(or も) ブラジルとは全く異なっていました。

     

    複雑な政治体制から、道の右側に運転された車というシンプルな違いまで、何もかもが僕を混乱させました。

    複雑な政治体制から、車が右側を走るという(or 車の右側通行という) シンプルな違いまで、

     

    それに、どの国の若者も早口だから(言っていることが理解できず)、友達簡単にできるわけがなかったです。いずれにせよ(or ともかく)、その旅行は大変面白かったし、すごく懐かしい思い出になりました。 (or 良い思い出になりました/懐かしい思い出になっています) 

    今になってその困難の全てが勉強になったものしてっています。

    その国々の違いを認めると、日本より自分の国を深く理解できるからだと思っているのです。

    なぜなら、国々の違いがわかると自分の国をさらに深く理解できると思うからです。

     

    その旅行の1年、僕はまた日本に行きました。そして、今はフランスに住んでいて、大学に通っています。

    フランスは地理的にブラジルと日本の真ん中にあって、文化的にも中間くらいの位置だと思います。ブラジルがもともとポルトガルに発見され(て)、その後、イタリア・フランス・ドイツといったさまざまヨーロッパの国の影響を受けた結果として、ヨーロッパの文化の影響大きいことは明確です。しかし、ブラジルの文化はヨーロッパ(の)文化の部分集合として考えるのは思えば間違いです。実は、僕が住んでいたサンパウロの日本人・日系人の数は、日本以外の国では(or 日本を除いた国としては) 最大です。そしてほかにアラブ人・中国人・ユダヤ人・韓国人なども多いので、サンパウロはもちろん、ブラジルも文化の混ざりった国と言ってもいいと思います。そのについて、フランスもやはりさまざまな文化が混ざりあっじられている国ですが、北半球の発展された、歴史の長い国として日本と似ているところも多いと確信しかめました。そして、その新しい国に新しい文化を生かして、再び、前よりブラジルの文化を深くわかるようになったと思っているのです。それぞれの人が毎日起きて各人と違う言語を使って暮らしています。それは自分の国におけるの上で自分自身をより深く理解できるようにさせる経験です。

     

    Takeshi92さん、

    なんか国語も話せるんですね、うらやましいです。

    日本語力もレベルが高く、直すというよりはさらに自然な日本語になるように違う言い方を加えてみました。お役にたてると良いのですが。

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