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私の幸福観

二年前のこの頃、海を見たことがありませんので、私は自転車で北海という沿海都市へいきました。海についた時はもう夕方になった。夕日に映された海はぴかぴかしていて、それを見ると、本当に楽しかったです。しかし、一人でそんなシーンの中に身を置いたのは、何となく少し寂しい気分ことですが、もし、母と一緒にそんな綺麗な景色を見ればいいなあと思いました。母も海を見たことがありませんですから。そして、広い海を楽しみながら、母に電話をかけました。電話で、そちらに浪の声を聞かせたり、目の前の景色を描いてあげたり、旅で感じたことを語ってあげたりしました。母は私の話を聞いて、嬉しかった。また、「気を付けて」と言いつけてくれました。
 実はその前に、私にとって、幸福なんてぼんやりしていた。でも、その後
から、私は何かわかるようになりました。幸福というのは、母と私の旅のことを分かち合うことではないしょうか。電話で、母の笑い声を聞ったと、なんか、いつも幸福を感じることができました。
 旅行をするたび、知らない町に着くと、思わずに故郷の親を思い出した、優しい親のそばに戻りたいなあ。光陰矢の如し、親は白髪がますます多くなり、私はもう子供ではなかったですから、親に甘えることなんて無理でしょう。親のそばに私の姿が見えなくなり、普段はただ電話何本だけしました、電話で、いつも「元気ですかとか、ご飯をちゃんと食べるのかとか」と親が聞いてくれて、ただ日常の一言だけで、何故か心が暖かくなりました。家にいる時に、母が作れた料理はいつも幸福の匂いを漂っていました。母に「幸福は何だ」と聞いたことがありました。母は微笑んで「家族の笑顔だ」と教えてくれて、なるほど、分かるような気がしました。
 時がたつにつれて、私は幸福にはもっとわかりになりました。もちろん、幸福は親のところにあるではないかと思いました。休みになって、家に帰ると、幸せなことに、親の笑顔が見えました。親はまだ元気でいてくれて、それだけ安心しました。他郷にいる私はたとえどんなに困ったことにぶつかっても、親はいつも「諦めないとか、頑張ってとか」と応援してくれました。親に恵まれた幸福はずっと大事にしていました。
 来年、私は卒業をして、社会人になっています。それなら、私は、親に幸せをさせたいです。私のことため、親は長年の働きすぎてしまっていました、親をつれて旅に出ることは、こころに残った念願です。親のことは何よりも大事です。親はそばにいったら、幸福はそばにいます。

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