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交流について一つのお考え

じつはあたしもそういう文化の衝突したこともありますが、はじめのときは、ショックしたり、迷ったりしてしまいましたが、外国語を勉強するのは、ただ言葉の勉強しなくて、その言葉を話してる国の人々の心や文化、生活習慣、とか勉強して理解しようこともとても大事だと思い、言葉を話す人間が居るこそ、言葉には命がもつようになるんじゃないでしょうか、もし世界のどこの人も同じ考えだと、人と付き合う必要もなくなるし、話す必要も無くなるのでしょう、だってみんなが同じ考えだからって今はそう思ってるんです。
どうして理解できないときも、譲れないときも正直に言えばあるんですけど、いつもこの言葉がすごく好きです「海纳百川]。その言葉の意味は、海がひろくなれるのは広い心があるこそいろいろな湖などがはいれる、入れるほど、自分も段々広くなってくって、人間も同じじゃないかなっておもってるんです。

まあ、かといてもね、縁という物もあるのは信じてる、ときどき全然話すこと出来ない相手もいるのは事実ですが、そういう時仕方が無いと思っております。でも、先入観というのは異文化交流には悪いと思います、たとえば、なになにじんはこのようだ、とかですね

他のくにやひとをりかいしようとしたり、りかいしてもらおうとすることには、そういう姿勢そのものが貴重だとおもいます。

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