私の小説の一節(下)
人間を死ぬまで押さえつけることも大体同じだろうね。唯一の違いは、人間はいつも服を着ていることだ。ヒキガエルのように死体を野に曝される可能性も少ない無いが、裸でなければ動物より少しはましである。
花壇にも死んだ人が横たわっていたことがある。その人は屋上から飛び降りて自分の人生に幕を引いた。止めようにも止められなかった。そしてその花壇は多くの名もなき花壇の一つから抜け出て「死んだ人の花壇」との名を得た。学生たちの教室は学年が上がるごとに階も上がっていく。あの悲劇をまた再演するかのように、彼らは窓から頭を出して視線を花壇にやる。ハウフ童話の「鬼の船」という物語での極悪非道の海賊たちは神様から罰を受け、終わりのない死亡と復活を繰り返さざるを得なくなったそうだ。言うまでもなく、学生たちの悪は海賊たちのそれとは比べ物にならない――彼らはヒキガエルを殺しただけで、他人の意識の中で繰り返して死亡するようなことに至らなくてもいいはずだ。 ともあれ、そのあと花壇から顔をだした薔薇の花は確かにより赤みがつよいようだ。
授業のベルがまた鳴った。学生たちは笑い合いながらまた教室に戻る。蒼白い蛍光灯の光は死んだヒキガエルの白眼だ。山ほど積み重ねた本とノートは床に斜めの長い影を投げかけている。なんと耐えがたく、また可笑しくも哀しい夜なんだろう。
時節を明確に たとえば 先日などここでは カエルの事の後か前かをはっきり書くといいでしょう)花壇に死んだ人が横たわっていた。その人は屋上から飛び降りて自分の人生を終わらせた。止めようにも止められなかった。そしてその花壇は数えきれない名なき花壇からこの事実より「死んだ人の花壇」と呼ばれるようになった(になった)。学生たちの教室は学年が上がるごとに上がっていく。あの悲劇を思い出すかのように、彼らは窓から頭を出してその花壇に視線をやる。ハウフ童話の「鬼の船」という物語に、極悪非道の海賊たちは神様から罰を受け、終わりのない死亡と復活を繰り返せざるを得なかった。言うまでもなく、学生たちの*3行状は海賊たちのと比べ物にならない――彼らはヒキガエルを殺すしただけで、他人の想像の中に繰り返して死亡させることに至らなくてもいいはずだ。ともあれ、そのあと花壇に植えられた薔薇は確かにより赤く咲いた。
授業のベルはがまた鳴った。学生たちは笑い合いながらまた教室までもどった。蒼白な蛍光灯の光は死んだヒキガエルの白眼の様である。山ほどに、積み重ねた本とノートは地面に斜めの長い影を成している。何とも耐えがたく、そしてまた、(*2可笑しくて哀しい)夜だろうか(*2 感情は様々ですが 私なら 皮肉で哀しいと書きます )
*1言葉の意味からは間違いとは言えません、ただ、花壇の呼び方なかったところから自殺のあった花壇ということで『死んだ人の花壇』と呼ばれることになったのが事実と思われます。
*3 行状 : やったことに対する本人の考え方 確かに残酷なことをしてはいますが、そのことは本当に悪い事と考えているでしょうか、悪と決めるにはかわいそうな気もしますし 比べる点はその行為の内容ですよね こんな時行状ということばを使います