基本的にはKojiさんの書かれたとおりですが、私の考えでは、5の理由がいちばん多いと思います。つまり、カタカナ語と本来の日本語では、意味や使い方が微妙にずれているということです。(もちろん、重なるところもあります。)
例えば、ご質問の例で考えてみましょう。
動機:大学の志望動機(1回限り)
犯行の動機(悪いこと、一回限り)
モチベーション:日本語学習のモチベーションを維持する(良いこと、続くもの)
上のような例では、お互いを入れ替えることはできません。
ご飯:「調理済みの米」「食事」という2つの意味があります。
ライス:「調理済み」「調理前」に関係なく、お米
お米:「調理前」の米
従業員:会社やお店に雇われて、業務に従事する人
スタッフ:特定の仕事を「担当」する人(ボランティアでもいい)。映画や演劇などでは、俳優以外の照明・カメラ・衣装等の担当者を言います。ある映画の「スタッフ」が、必ずしも、映画会社の従業員とは限りません。
このように、カタカナ語は、もとの英語(や他の言語)の意味から離れて、日本語のなかで、より細分化された意味をもつ場合が多くあります。単にもとの英語に翻訳して理解した気になるのではなく、文脈やニュアンスまで含めて理解し、適切に使えるようになれば、本当の日本語上級者と言えるでしょう。