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生きるの使い方? 辞書に書いてある意味の一つ: 文学的な表現として,「…に生きる」「…を生きる」の形で,生活の場所・場面・時間を示すこともある。 例文:「アメリカ世(ゆ)」とも呼ばれるそんな日常を生きた人たちはいま、何を思っているだろうか。 問題: 1.この意味で、「…に生きる」と「…を生きる」、違いはないよね。 2.「…を生きる」は「…にいきる」より頻繁に使われているんですか? 3.この意味以外で、二つの表現は何か異なるところがありますか? 質問がちょっと多いかもしれない…ご存知の限りに答えてくれれば嬉しいです。 ありがとうございます!
16. Mai 2017 14:41
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「に生きる」と「を生きる」は、かなり違う意味を持っています。 たとえば、「私は仕事に生きる」と「私は仕事だけの日々を生きる」は、違う意味になります。前者は自分の仕事に誇りを持っており、積極的な姿勢を持っている人の言い方ですが、後者は自分の仕事を嫌っており、他人の同情を求めている人の言い方です。(補足するなら「仕事を生きる」人は「仕事に生きる」人より、仕事に対してもっと積極的な姿勢を持っています。「仕事に生きる」と「日々を生きる」では比較になりません) では「に生きる」と「を生きる」は、どう違うのか。 たとえば「日本に生きる」という言い方と「日本を生きる」という言い方があります。このうち「日本に生きる」は「日本で生きる」と言い換えることができますが、「日本を生きる」は他の言い方に変えられません。 奇妙に聞こえるかもしれませんが、「日本を生きる」と言った場合、「日本という対象と自分自身が一体化した生命体として生きる」といったような意味になるのです。あえて英語で表現すると「日本に生きる」は“I live my life in Japan"になりますが、「日本を生きる」は“I live my life as a part of Japan"となると思います。 だから例文の沖縄の人たちは、その人たちの生きた時代が「アメリカ世」とよばれる被占領時代だったということにとどまらず、その人たちの存在そのものが「アメリカ世」の時代を体現しているような人たちとして描かれています。 こうした表現は、かなり文学的なものです。従って2の質問への答えとしては、「に生きる」の方が圧倒的に多く使われていると私は思います。(もっとも、そもそも意味が違うのだから、比べることに意味はない気もします)。 質問と関係ないところまで話を広げると、このように「対象と一体化する」意味を持った「を」の用法は、他にもあります。たとえば旅行雑誌のタイトルなどでは、「中国で遊ぼう」でなく、あえて「中国を遊ぼう」と言ったりします。これは中国という未知の土地に行くだけでなく、その中国と一体化する感覚を味わおう、という意味を持っているのです。「人生を闘え」という表現もこれに近い気がしますが、ただしこういった言い方は全部文学的な表現なので、日常生活で使うと衒学的な感じになると思います。
17. Mai 2017
1の質問だけど、「に生きる」と「を生きる」は同じ意味と思っていいかも。たとえば、「私は仕事に生きる」と「私は仕事だけの日々を生きる」は同じ意味だね。どちらも、遊んだりしないでひたすら仕事に打ち込むという意味になります。 2の質問だけど、「に生きる」も「を生きる」も一般的な表現だから、どっちが頻繁に使われているかは分からないね。むしろ、「を生きる」と「を生きた」の違いを理解することが重要です。後者は過去形になるからね。 3の質問だけど、「に生きる」は、決意や宣言の意味が強いかもね。たとえば、「病気に負けないで懸命に生きる」だと、病気になってしまったけど弱音を吐かず前向きに生きるという決意や宣言になります。 最後の「ご存知の限りに」は、「もし分かる人がいれば」と書くのがいいね。
17. Mai 2017
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