私にとっての文学
もし誰かに「文学というものは何ですか」や「文学は何のためにあるのですか」などと聞かれたら、どう答えるべきだろう。日本文学を勉強している私にとって、「文学とは何か」のような疑問を解く必要があると思う。さて、どうして文学の存在する必要があるのだろう。
(ここにあった文章は最後に説明します) それを皮切りに文学は長い間に色々な発展を遂げ、人間は形式にとらわれずに文学で自分の気持ちや思いを自由に表すことができるようになった。ある意味では、文学には人々の思想を伝える役割がある。私たちが遥かな万葉時代の人々の作った和歌を詠めるのも、自分の書いた本がほかの国の人々にも読まれるのも、全部文学のそういう役割のおかげなのだ。
文学はそれほど大きな役割を果たしたとはいえ、人々はいったい何のために文学作品を作るのだろう。私の考えでは、それは人間が現実世界を超え、自分の求める理想を表したい気持ちの故である。人間が現実世界を超える美を追求して、自分の手の届かない美を、文学作品の形で保存し、そして人々に読まれるのを通して蘇らせることができるのだ。
明治時代の有名な女性作家樋口一葉が、「文学は糊口の為になすべきものならず」と書いたように、文学は決して人間の経済活動や政治活動の付属物ではないと、私は思う。一葉は貧乏な生活を送り、途方に暮れても世間の趣味に合うような小説を書かなかった。一葉こそが、文学の神髄を知り、そして自ら文学者としての操を守る人間と言えよう。それにひきかえ、権力や経済利益に屈し、文学の独立性を背いて書いたものは、とても文学作品に数えられないと思う。
文学は一般庶民から離れて、触れることのできないものではない。文学は日常生活から作り出されたもので、われわれ一般人でも、優れた文学作品を書ける。現代日本人のよく書いた「俳句」と「川柳」のように、たった数文字で美しい大自然の姿を描ければ、自分の気持ちや体験したこともうまく表せる。だから文学は、私たちの手の届かないところに立つとも言えるし、私たちのほんの身近にあるとも言える。
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もとの文章:「遠く昔の人々は、生産活動や日常生活などを素材にし、伝説、神話、歌謡などのような口承文学に代わって記載文学が登場した。」
訂正例⇒「遠く昔の人々は、生産活動や日常生活などを素材にし、伝説、神話、歌謡などのような口承文学を発展させた。そののちに口承文学に代わって記載文学が登場した。」
例その2⇒「遠く昔の人々は、生産活動や日常生活などを素材にし、伝説、神話、歌謡などのような口承文学に代えて記載文学を登場させた。」
もとの文章から中盤をはずしたとき、「遠く昔の人々は(…)口承文学に代わって記載文学が登場した。」とすこし意味がおかしくなってしまうので訂正しました。
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すごい文章ですね! 難しい文なのに間違いも少なくてびっくり! 引き続きがんばってください。



