***まず結論から。
>この説明は正しいでしょうか?
説明内容にまちがいはありません。正しいです。
>私は「縮める」の意味を探してみたが、「縮む」の意味とほとんど同じらしい。
はい、そのとおりです。その2つの他動詞(現代語&古語)の意味はほぼ同じです。
>では、どちらでも使ってもいいのですか?交換できますか?
交換できません(理由は後述)。
*** 前提を整理します。
+++ 古語 → 現代語
- ちぢむ (他動詞 ※) → ちじめる(他動詞)
(※ 下二段活用:ちぢめ・ず、ちぢめ・て、ちぢむ、ちぢむる(もの)、ちぢむれ・ど)
- ちぢむ (自動詞 ※) → ちぢむ(自動詞)
(※ 四段活用:ちぢま・ず、ちじみ・て、ちぢむ、ちぢむ(もの)、ちぢめ・ど)
- ちぢまる(自動詞) → ちぢまる(自動詞)
なお、「ちぢむ」は「しじむ」の音が変わったものです。古語では「しじむ」の方が主流。
**** 回答
>私は「縮める」の意味を探してみたが、「縮む」の意味とほとんど同じらしい。
はい、「縮む(古語。下二段活用)」と「縮める(現代語)」の意味はほぼ同じです。
>では、どちらでも使ってもいいのですか?交換できますか?
上記はたとえば、「声引きしじめ(=縮め)、かしこまりて物語しけるを」という古文の「しじめ(=縮め)」は、現代語の「縮める」に置き換えられますか?と聞いているのと同じです。もちろんダメです。したがって交換不可能です。
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※ 参考意見
わたしはMohammedさんの質問文に対し、特に問題を感じません。
文章の語尾すべてを必ずしも「です・ます」で統一する必要はありません。常体(だ・である)と敬体(です・ます)の混在は、作文のレトリックとして許容範囲内です(私もよくやります。今やってます)。また理論的な質問文で敬語や謙譲語を無理に使う必要もありません(使ってもかまわないが、使わないからといって本質的な問題ではない)。「言いたいことが分かる」「イヤ感がない」、この2つが揃っていれば十分であろうと。ちなみに「敬語を使っているのに、なんとなくイヤな、いやみな文章」というのがあります。こっちの方がダメ。
また「選択が縮む」でもかまいません。理由は以下のとおり。
「縮む」ということばは、「【現実の物体】が、長さ、大きさの本来の量を保ちつつ、見た目の長さ、大きさの程度を小さくするとき」に使うのが通例です。「洗濯したらシャツが縮んだ」「恐怖のあまり(からだが)縮みあがった」「縮む素材」「縮むホース」。その観点でいえば、「選択が縮む」「選択範囲が縮む」は抽象概念なので用例としては、どちらも適切ではない。さらにいえば「選択範囲が5種類から3種類に減った」という場合は、選択の「量そのもの」が減っているので、「縮む」の基本意味である「本来量を保持しつつ、見た目だけ減少させる」と、そもそもなじみません。
しかし、こういう定義の話とは別に、言語には「比喩」「修辞」というものがあります。「『選択(範囲)が縮む』でも別にいいじゃないか、そういうレトリックだって、別にアリでしょ。意味わかるし。そこ今、本質と関係ないし」というのが私の基本的な考えです。